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名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)99号 判決

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求及び当審予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人楠と被控訴人とは株式会社明電舎の社員仲間であつたことから、被控訴人は昭和二八年頃控訴人楠の申出に応じて同控訴人に対し金一〇〇万円を貸与し、訴外株式会社記久東(当初その代表取締役は控訴人楠の父楠豊吉で、控訴人両名は取締役であつたが、昭和二八年四月三〇日控訴人楠が代表取締役となる)振出しにかかる約束手形二通(甲第三、四号証)の交付を受けた。しかるに、右会社は倒産するに至つたため、控訴人両名及び豊吉は更めて従前の貸金一〇〇万円に金一〇万円の利息を合算した金一一〇万円を支払うことを約し、昭和二九年二月控訴人らは本件手形を振り出したものである。仮に、控訴人らが本件手形に自署したものでなく楠豊吉がこれを記載したものであるとしても、同人が控訴人らの署名を代行したのであるから、控訴人らはその責に任ずべきである。

ところで、本件手形の振出しに際し、控訴人らと被控訴人との間には、控訴人らの申出があるまで本件手形の白地の補充をしない旨の合意が成立していた。その後昭和三一年に至り控訴人楠の叔父楠京次を介して、控訴人らより、控訴人楠の所有家屋を旅館にしてそこからあがる収益で返済するから右補充を五年間待つてほしい旨の申出を受け、被控訴人はこれを承諾したが、さらに、昭和三五年に至るや、さらに待つてほしい旨申出あり、被控訴人は止むなくこれを承諾した。したがつて、本件手形の白地補充権行使の時期は、当事者間の合意に基き、早くとも、昭和三八年一月一日以降とすることとなつていたのであるから、その消滅時効は同日より進行すべきものとなすべきである。しかるときは、その時効は未だ完成していないこと明かであるから、控訴人のこの主張は理由がない。

のみならず、白地補充権の時効は、補充権が手形関係外の私法上の契約により発生する形成権というべきであるから、原審説示の如くその時効期間はこれを二〇年と解すべきである。

二、仮に、本件手形金の請求にして理由がないときは、被控訴人は予備的に次の如き貸金請求をする。すなわち、前叙の如く、控訴人らは昭和二九年二月、さきに、控訴人楠が被控訴人から貸与を受けた貸金一〇〇万円及び利息一〇万円合計一一〇万円につき被控訴人に対し連帯して支払う旨の準消費貸借を締結した。よつて、被控訴人は控訴人ら各自に対し右貸金一一〇万円及びこれに対する弁済期の後たる訴状送達の翌日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(控訴代理人の陳述)

一、本件手形は楠豊吉において、自己が株式会社記久東関係で控訴人らの印章を保管していたのを寄貨としこれを冒用して作成した偽造手形であり、控訴人楠が被控訴人から金一〇〇万円を借り受けたこともなければ、右会社名義の手形二通を振り出したこと或は、控訴人らが金一一〇万円につき連帯債務を負担したこともない。したがつて、また、控訴人らが本件手形の白地補充の時期について合意するようなことはあり得ないところである。

なお、原審は白地補充権の時効期間についてこれを形成権であるとの性質論のみに捉われて二〇年としたが、右は、商法第五〇一条第四号に所謂「手形に関する行為」によつて生じたものとみるのが相当であるから、同法第五二二条を準用し五年の時効により消滅するものというべきである。したがつて、本件手形の白地補充権は昭和二九年二月より起算して五年の時効により消滅したものというべきであるから、その後被控訴人のなした補充は無効である。

二、被控訴人の当審における予備的請求原因事実は否認する。

(証拠)(省略)

理由

一、原審及び当審における控訴人ら各本人尋問の結果によれば、甲第一号証(本件手形)の振出人欄の控訴人ら名下の各印影が当時における控訴人らの各実印によつて顕出されたことが認められるから、反証なき限り同号証中控訴人らに関する部分は真正に成立したものと推定すべきである。尤も、原審及び当審において、控訴人らは、いずれも、本件手形の振出しには全く関与していない旨供述し、また、当審鑑定の結果によれば甲第一号証(本件手形)の振出人欄の控訴人らの署名は楠豊吉においてこれを記載したことが認められる。しかし、成立に争ない乙第一号証、いずれも振出人の記名捺印部分については成立に争がないからその余の部分も真正に成立したと推定し得る甲第三、四号証、原審及び当審における控訴人ら及び被控訴各本人尋問の各結果によつて認め得る控訴人楠は楠豊吉の長男であり、かつ、控訴人田中の女婿であること、控訴人ら及び楠豊吉は当時ともに訴外株式会社記久東の取締役であつたこと(昭和二八年五月九日以前は代表取締役は楠豊吉であり、同日以降は控訴人楠であつた)、被控訴人と控訴人楠は、もと、訴外株式会社明電舎に勤務していた関係から、被控訴人は控訴人楠の依頼に応じて昭和二六、七年頃から右株式会社記久東に融資していたが、昭和二八年頃には同会社に対し約一〇〇万円を融資していたこと、控訴人らの前記各印鑑は、当時楠正吉において保管していた事実等に照すと、前掲証拠は未だ、前記推定を覆すに足る資料とはなし難い。

そして、右甲第一号証と原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、本件手形は、控訴人らにおいて楠豊吉と共同して、振出日及び満期を白地として振り出された白地手形であり、被控訴人はその所持人であると認められ、被控訴人は他に特段の事情なき限りその所持人として右白地補充権を有するものというべきところ、被控訴人が昭和四一年八月頃に至り、始めて振出日及び満期を被控訴人主張の如く補充したことは明白である。

しかるところ、控訴人は右補充権は五年の消滅時効完成により消滅している旨主張する。そこで、この点について検討するに、およそ、白地手形の補充権は、手形関係外の私法上の契約によつて発生するものであるから商法五〇一条四号所定の「手形に関する行為」には該当せず、また、右は、白地手形の手形要件を補充し未完成手形を完成さす権利であるから、その性質は形成権であることは否定し得ないところであるとはいえ、右補充権は白地手形に附着随伴するものであつて、その行使により未完成手形は完成手形となり、手形上の権利が有効に発生することに鑑みると、右補充権の消滅時効については、これをその基本たる手形関係との関連においてのみ考察するのが相当である。しかるときは、補充権授与の行為は、前記法条所定の「手形に関する行為」に準ずるものと解して差支えなく、したがつて、その消滅時効期間は商法第五二二条に定める「商行為に困つて生じた債権」に準じてこれを五年とするのが相当である。

ところで、被控訴人は、本件手形の補充権は、本件補充権授与契約においてその存続期間が被控訴人主張の如く定められていた旨主張するが、この点に関する甲第五号証の一から三、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果は原審及び当審における控訴人ら各本人尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨に徴し、にわかに採用し難く、他に、これを認めるに足る証拠がないから、この主張は理由がない。

したがつて、本件手形については、その補充権は本件手形交付の時からこれを行使し得べきところ、右交付の日時が昭和二九年二月頃であることは被控訴人の自認するところであるから、右補充権はそれより五年を経過した昭和三四年二月頃を以て時効により消滅したものというべく、したがつて、被控訴人が昭和四一年八月頃なした前記の補充はその効力を生ずるに由なきものといわねばならない。さすれば、有効に本件補充がなされたことを前提とする被控訴人の本件手形金請求は、結局、失当として棄却を免れない。

二、そこで、被控訴人の当審予備的請求について案ずるに、この点に関する原審及び当審における被控訴本人尋問の結果は、にわかに借信し難く、前記甲第一、第三、第五号証も原審及び当審における控訴人ら、被控訴人各本人尋問の結果と対比するとこれを認めるには不十分であり、他に、これを認めるに足る証拠はないから、この請求も失当である。

三、よつて、右と異る原判決を取り消し、被控訴人の首位的請求及び当審予備的請求をいずれも棄却すべく、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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